ルールを守らない後輩に、理由を伝えても届かない|「臨機応変」には正しいものと間違ったものがある

働き方・仕事の悩み

「このルールを守ってください」と伝えても、守られない。

理由も伝えました。なぜその手順なのか、守らないと何が起きるのか。それでも、返ってくるのは「こっちの方が効率がいいから」「わかってます」。

飲食の現場で、長く人を育ててきました。その私が、先に結論を書きます。

どうすれば守ってもらえるのか、はっきり言って、答えはまだ出ていません。 今も毎日、試行錯誤しています。

ただ、ひとつだけ信じている言葉があります。

「ルールを破るのは自分のため。ルールを守るのは人のため」

この記事は、ルールを守らない人を変える方法の記事ではありません。答えが出ないまま、それでも現場に立っている私が、今考えていることの記録です。

「教える」を「伝える」に変えました

まず、私が変えたことから書きます。

以前は「これはこのようにしてください」と教えていました。でも、なかなかその通りにしてもらえない。それが、ずっとストレスでした。

あるとき思ったんです。「教える」という言葉自体が、もう時代に合っていないのかもしれないと。

教えるという行為は、どうしても上から押し付けているように受け取られます。 押し付けられたものを、人は守りたいと思いません。

だから今は、「こうしたほうがいい」「マニュアルにはこう書いてある」という伝え方に変えました。そして、なぜそうするのか、理由も一緒に伝えるようにしています。

昔は違ったと思います。上司がカラスを白いと言えば、白いと答える。教えられたことに疑問を持たず従う人が多かったし、疑問を持っても、指示には従っていました。

今は、理由がわからないことには従わない。それ自体は、悪いことではないと思っています。

——ただ、理由を伝えても、守られないんです。

理由を伝えても、守られなかった3つの場面

具体的に書きます。

一つ目は、コーヒーです。

コーヒーを淹れるときの手順が決まっています。フィルターに豆を入れてから、器具にセットする。この順番です。

ところがある子は、何度伝えても、先にフィルターを器具にセットしてから、豆を入れます。

この順番だと、豆がこぼれたときに、できあがったコーヒーに豆が混ざってしまうおそれがあります。その理由も伝えました。それでも、変わりませんでした。

場所が狭いからなのか、面倒なのか。本人は「自分は豆をこぼさない」と思っているのかもしれません。

二つ目は、サラダです。

サラダは、1つあたりのグラム数が決まっています。はかりで量りながら作るのがルールです。

ところがある子は、材料を目分量で等分して、量りません。

このルールには理由があります。以前、量らずに作っていたら、決められた量に足りないサラダができてしまったことがあったんです。それで、量ることがルールになりました。

でも本人は、「量らなくても、ちゃんと等分できる」と思っています。

三つ目は、トングです。

材料によって、トングで一度に掴んでいい個数が決まっています。中には繊細な材料もあって、1つずつしか掴めないものもあります。

別の子は、何度伝えても2つずつ掴みます。理由を聞くと、「その方が効率がいいから」。掴める自信がある、ということでした。

こういう話は、正直、いくらでもあります。

「自分はできる」と思っている

3つの場面に共通しているのは、本人は「自分はできる」と思っていることです。

豆はこぼさない。目分量でも等分できる。2つ掴んでも崩さない。

そして実際に、その子はできているのかもしれません。

でも、百歩譲って、その子はできたとします。

問題は、それを新人が見ていることです。

新人は、先輩のやり方を見て「これが正しいんだ」と学びます。そして、できない人も、同じやり方を真似します。

豆がこぼれる。量が足りない。材料が崩れる。そうなると、正しい商品をお客様にお出しできなくなります。 場合によっては、クレームにもつながります。

ひとりの「私はできるから」が、できない人の「真似」になって広がっていく。 人を育てる立場にいると、ここが一番こわいんです。

困るのは、ルールを守らない本人ではない

もうひとつ、ずっと考えていることがあります。

ルールを守らなかったことで何かが起きたとき、困るのは誰か。

困るのは、その商品を買ったお客様です。そして、クレームの対応に当たってしまった、別の誰かです。

ルールを守らなかった本人ではありません。

だから、守らない本人は、リスクを実感しないのかもしれないと思っています。自分がクレームを受けたわけでもない。自分が謝ったわけでもない。何も起きていないように見える。

現場を任される立場になると、この「誰か」の側に立つことが増えます。起きたことの後始末をするのは、たいてい、そのときその場にいなかった人です。

「臨機応変」には、正しいものと間違ったものがある

ルールについて何か言うと、こう返ってくることがあります。

「臨機応変に対応しました」

誤解のないように書いておくと、私は、ルールは絶対に変えてはいけないものだとは思っていません。

実際、どちらでもいいこともあります。ルールは状況によって変わっていくものです。もっといい方法があるなら、より良いルールに変わっていくのが当たり前であってほしいと思っています。

ただ、ルールの中には、全体を見て決めているものもあります。

一部しか見ていないと、そのやり方のほうが一見よさそうに思える。でも全体で見ると、あとで困ることがある。うまく説明できないことも多いのですが、ルールには、たいてい、そうなっている理由があります。

だから私は、こう思っています。

臨機応変にも、正しい臨機応変と、間違った臨機応変がある。

その違いは、ルールが何のためにあるかを、わかったうえで動いているかどうかだと思います。

そのルールが何を守るためにあるのか。それをわかったうえで、その目的を守るためにやり方を変える。正しい臨機応変というのは、そういうことなのではないかと思っています。

反対に、目的がわからないまま外れるのは、たとえ本人は「お客様のため」「効率のため」のつもりでも、間違った臨機応変になってしまうのかもしれません。 まして、面倒だから、こっちの方が楽だから、という自分の都合で外れたものは、臨機応変とは違うと私は思います。

守る人と守らない人の違いは、世代ではありませんでした

ここは、誤解されたくないので、はっきり書きます。

これは「今の若い子は」という話ではありません。

ルールを伝えても従わない人は、若い世代にもいますし、シニア世代にもいます。 年齢で分かれているわけではないんです。

そして、ちゃんとルールを守る子も、もちろんいます。

その子たちは、やっぱりマインドが違うと感じます。

自分が失敗するかもしれないリスクを考えている。自分のやり方が、ほかの人にどう影響するかを考えている。

おもしろいのは、ルールを守らない子も、自分がこだわっていることには、驚くほど厳しかったりすることです。

結局、人は、自分がしたいと思うこと・した方がいいと思うことは、言われなくてもやっているんですよね。

逆に、「人にやらされている」という感覚が抜けない人は、ルールを守りません。そして、見ていないと、ちゃんとやりません。

これが、現場で働く側にとっては一番こたえます。私はずっと現場にいられるわけではありません。 シフトで入れ替わるし、休みの日もあります。見ていないとやらない人がいると、私がいない時間に、ルールは崩れていきます。

若い世代とどう向き合うかについては、こちらにも書いています。私は、今の若い人たちが楽をしているとは思っていません。

→ 今どきの職場に馴染めない?40代女性が知っておきたい世代間ギャップの乗り越え方

小さなルール違反が、大きな問題の根っこになる

正直に書くと、今の現場は、とにかく無秩序だと感じています。

大きな違反があるわけではありません。豆を入れる順番。量らずに作るサラダ。2つずつ掴むトング。ひとつひとつは、目に見えないくらい小さなルール違反です。

でも、その小さな違反が続いていることが、大きな問題の根本的な原因になっている気がしています。

何か大きなことが起きたとき、原因をたどっていくと、そこに行き着く。ひとつの手順の省略、ひとつの「これくらい大丈夫」。

だから私は、小さなルールほど、見過ごさずに伝え続けたいと思っています。

私が信じている言葉

ここで、冒頭の言葉に戻ります。

「ルールを破るのは自分のため。ルールを守るのは人のため」

めんどくさいから破る。こっちの方が楽だから破る。ルールを破る理由は、たいてい自分の都合です。

反対に、ルールを守ることで守られているのは、お客様であり、一緒に働く人です。

私自身、ルールの理由がわからないことはあります。「なぜこうなっているんだろう」と思うこともあります。

そういうとき、私は、こう考えるようにしています。

自分にはよくわからないけれど、ルールを破って、自分のやりやすい方法に勝手に変えたら、誰かが困るのかもしれない。

理由がわからないことと、守らなくていいことは、別です。もっといい方法があるなら、より良いルールに変えていけばいい。でも、黙って自分のやり方に変えるのは違うと思っています。

答えは出ていない。でも、今やっていること

最初に書いたとおり、どうすればルールを守ってもらえるのか、答えは出ていません。

ただ、今やっていることはあります。

ひとつは、得意なところを活かすことです。

人には得意と不得意があります。ルールを守らない子にも、得意なことはある。その得意を活かせる場面を作れたらと思っています。

もうひとつは、不得意を責めないことです。

不得意なところばかりを責めても、反発されるだけでした。それよりも、本人が少しでも「何とかしたい」と思ってくれたら、そのときは協力する。 その順番にしています。

そして、根っこにあるのは、この考えです。

お金を稼ぐということは、誰かの役に立っているということ。

お給料は、誰かの役に立った分の対価です。お客様の役に立つ。一緒に働く人の役に立つ。ルールを守ることも、その一部だと私は思っています。

このマインドが育つかどうか。 結局、そこなんだと思います。そして、それは言葉で「教える」ことはできないものです。だから私は、伝え続けるしかないと思っています。

まとめ:ルールは、人のためにある

長くなったのでまとめます。

  • 「教える」は、押し付けに受け取られる。だから「伝える」に変えて、理由も一緒に伝えるようにした
  • それでも、理由を伝えても守られないことがある。返ってくるのは「効率がいいから」「わかってます」
  • 守らない人の多くは、「自分はできる」と思っている。でも、それを見た新人は真似をする。できない人にも広がっていく
  • ルールを守らなくて困るのは本人ではない。お客様と、クレーム対応に当たった別の誰か。だから本人は実感しにくい
  • 臨機応変には、正しいものと間違ったものがある。違いは「ルールの目的をわかったうえで動いているか」。目的がわからないまま外れるのは、つもりが良くても間違い
  • 守る人と守らない人の違いは、世代ではなくマインド。若い世代にもシニア世代にも、守る人も守らない人もいる
  • 「やらされている」感覚が抜けない人は、見ていないとやらない。そして私は、ずっと現場にいられるわけではない
  • 小さなルール違反の積み重ねが、大きな問題の根っこになる
  • 信じている言葉は、「ルールを破るのは自分のため。ルールを守るのは人のため」
  • 答えは出ていない。今やっているのは、得意を活かすこと、不得意を責めないこと、本人が変わりたいと思ったら協力すること
  • 根っこにあるのは、お金を稼ぐ=誰かの役に立つという考え。このマインドが育つかどうか

もし今、同じように「何度伝えても守ってもらえない」と悩んでいる方がいたら、それはあなたの伝え方が下手だから、だけではないと思います。私も、まだ答えを探している途中です。

私が「どう働きたいか」を決めるまでの話は、こちらに書いています。

→ 【50代の生き方】答えは「かっこよく働き続けたい」でした

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